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福岡高等裁判所 昭和32年(ネ)587号 判決

控訴人 被告 羽田野澄彦

被控訴人 原告 粟絢

訴訟代理人 米田太市

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

本判決はかりに執行することができる。

事実

控訴人は合式の呼出を受けながら昭和三二年一〇月一二日午前一〇時の当審最初の口頭弁論期日に出頭しないので、控訴状記載の事項を陳述したものとみなし、被控訴人に弁論を命じた。それによると控訴人は「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は、主文第一、二項同旨の判決並びに仮執行の宣言を求めた。

事実及び証拠の関係は左の通り訂正附加する外原判決の「事実」に示す通りであるから引用する。

訂正附加する点。(一)原判決一枚目裏八行の「貸与した」を「使用貸借に基いて貸与した」に、(二)原判決一枚目裏八行以下の「原告は昭和三十年春、その必要を生じたので被告に右返還の要求をしたところ、」を「原告は昭和三〇年春以来、その必要を生じたので再三被告に右返還の要求をしたところ、昭和三一年九月」に各改め、(三)「控訴人は甲第一、二号証の成立を認めた」と附加する。

理由

被控訴人の請求原因事実はすべて控訴人の認めるところである。控訴人は現在本件株券は手許に存在しないので、本訴請求に応じ難いと主張するけれども、該主張を肯認するなんらの証拠がないばかりでなく、たとえ、それが事実であるにしても、そのことは株券の引渡を命ずる判決に基いて将来強制執行をなす場合に、その執行が奏効しない公算が大きいことを推測させるだけのことであつて、そのために当然被控訴人の有する株券引渡請求権が消滅する道理はないのである。もつとも、控訴人の主張するところを善解し、その主張は要するに物の使用借主は借り受けたその物自体を返還すべき債務を負担するので、控訴人は、昭和三二年三月一五日までに、該債務を履行すべく返還契約をなしたところ、該株券は他に譲渡し(控訴人において陳述したものとみなされる答弁書の記載によると、右返還契約前被控訴人の同意を得て、他に譲渡した旨主張していることが明らかである。記録四丁裏及び一三丁参照)該株券は第三者の所有に属し、控訴人の返還債務は法律上履行不能であるので、借用した株券その物の引渡を請求する本訴請求は失当であるというにあるとしても、譲渡の結果該株券が第三者の所有に帰したとの点については、なんらの証左もないので、右主張は結局理由がない。加之、株券の使用貸借契約が成立した後、貸借当事者間において借用株券その物を返還するなど特に株券の番号に重きをおくべき事情なくして、株券の返還契約がなされた場合は、返還契約前既に借主が借用株券を他に譲渡して、該株券が第三者の所有に帰したときはもちろん、返還契約後にそれが第三者に譲渡され、同人の所有に帰した場合においても、株券が代替性と高度の流通性を有する性質上格別の事情のかいかぎり、借主は借用の株券と同種同等同量のただし番号の異なる他の株券をもうて債務を弁済するの権限、すなわち変更権を有する反面、貸主はかかる株券をもつてする借主の弁済の提供を拒絶し得ないと同時に、貸主は借主に対し、当初貸与した株券と同種同等同量の株券の返還を請求しうるものと解すべきである。かかる場合これを反対に解し、貸借の株券その物が第三者に譲渡されてその所有に帰するにいたつた結果、借主の民法第五九三条による借用株券その物の返還債務は履行不能となり、したがつて貸主の株券返還請求権も消滅して当然損害賠償請求権に変ずるが故に、貸主は単に履行不能による金銭の損害賠償を請求しうるに過ぎないと説くのは、著しく経済界における株式取引の実情に疎い机上の法律論であつて採るべき見解ではない。本件株券返還契約において右に述べた株券の番号に重きをおいた事情や、その他格別の事情も認められないので、被控訴人の株券返還請求権が消滅するものでない所以は、前説示の通りであるから、この点よりしても、控訴人の主張は採用のかぎりでない。しかして、本件口頭弁論終結当時の係争株券の時価が、少くとも六〇〇円であることは、控訴人の自白するところである以上、たとえ手許不如意であるにしても、本件株券の引渡を命ずる判決に基いてなす強制執行が奏効しない場合は、控訴人は被控訴人に対し、一株につき六〇〇円の割合による金員(二〇〇株合計一二万円)を賠償しなければならない。

されば、原判決は相当で控訴は理由がないので、民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条、第一九六条を適用し主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 鹿島重夫 裁判官 二階信一 裁判官 秦亘)

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